オタクは外に出ろ系概念へ。

昔から『オタクは外に出ろ』系をテーマにした作品が不気味で嫌いでならない。

例えばアニメやゲームにどっぷり没入したからといって現実での地位や社会性に何か影響が出るわけではないことくらい、オタクではなく普通の人間として彼らは知っているはずである。
それは勿論ゲームオタクである俺も同じで、子供の頃も一日中ゲームをして過ごしていたが、「ゲームをやってる自分はヒーローだ!」なんて思った事などないしむしろ「今はゲームをやっているけれどこれが終わったら低い点数のテストを見せてたっぷり怒られなければ……」というような事を思っている方が多かった。
良く皆さんは趣味への逃避などと言うが、趣味をやっている時間も立派に現実の延長上であるし、少なくとも俺は趣味に没頭する事で現実を曖昧に出来るなどと思った事は一度も無いしそもそもその感覚が分からない。

つまり世間が思ったほど趣味人にとって現実と趣味の世界は乖離していないと思うのだが、個人的にはあれは健全(こういう表現も憚られるが)な人によるただの妄言だと感じている。

例えば仕事もそこそこに家に帰ればずっと趣味の時間、特に所帯を持つわけでもなく独りで趣味に没頭し続ける。
こういう人間に対して「オタクは現実を見ろ(外に出ろ)」と言うのだが、この人間の趣味がアニメやゲームではなく、読書だったりスポーツだったりボランティアだったら?

仕事もそこそこに家に帰ればずっと趣味の時間、特に所帯を持つわけでもなく独りでボランティア活動に没頭し続ける。
彼らに対して「そんなことしてないで現実を見ろ」って言います?
言わないでしょう。
だから「オタクは外に出ろ」は単純にアニメ、漫画、ゲームを趣味として認めていない人が、彼らを異常者にカテゴライズして叩きたいだけの概念なんだよね。

少なくとも俺はそう100%思っているのでこの概念は普通の人による普通の人パンチであり、それがジャンルというかテーマの一つとしてエンターテイメントとして消費されている事が不気味でならないんだよ。